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東京地方裁判所 平成3年(ワ)4177号 判決

原告

オリックス株式会社

右代表者代表取締役

宮内義彦

右訴訟代理人弁護士

林彰久

池袋恒明

被告

品川通信機株式会社

右代表者代表取締役

小関勝

右訴訟代理人弁護士

伊藤紘一

主文

一  被告は原告に対し、四七九万八〇〇〇円及びこれに対する平成二年二月一三日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

主文と同旨

第二事案の概要

一争いのない事実及び証拠上容易に認められる事実

1  被告は、訴外大野龍に代わり、原告に対し、平成二年一月二五日頃、次の内容のリース契約(以下「本件リース契約」という)の申込みをした(争いがない)。

(一) リース貸主 原告

(二) リース借主 三郎こと大野龍

(三) リース物件

キャノンプロ一〇〇〇S本体一台

キャノンプロ一〇〇〇Sイメージスキャナー一式(右両物件を以下「本件物件」という)

(四) 設置場所

東京都品川区大崎三丁目五番一号丸尾ビル一階

(五) リース期間

平成二年一月三一日から六〇か月

(六) リース料

総額五九八万八〇〇〇円

月額九万九八〇〇円

(七) 支払方法

第一回及び第二回は平成二年二月末日に、第三回以降は同年三月から平成六年一二月まで毎月末日限り支払う。

2  原告は、平成二年一月三一日、被告から、次の約定で本件物件を代金四七九万八〇〇〇円で買い受け、二月一三日、被告に右代金を支払った(右売買契約を以下「本件売買契約」という)。

(一) 本件物件は、大野龍の仕様注文に基づき、原告と大野龍との間で締結するリース契約の目的物件として発注されたものであることを確認する。

(二) 本件物件の受渡しは、大野龍が本件物件の検収を了し、リース契約が成立したときに完了する。

(三) 前号の受渡しと同時に、本件物件の所有権及び危険負担が被告から原告に移転する。

(四) 大野龍が本件物件についてのリース契約の締結または実行をしない場合、原告は無条件で本件売買契約を解除することができる(この約定を以下「本件解除特約」という)。

(右(四)の事実につき〈書証番号略〉、その他は争いがない)

3  原告は、本件リース契約の不成立を理由に、本件解除特約に基づき、平成三年四月一三日送達の訴状により本件売買契約を解除する旨の意思表示をし、右解除に基づく原状回復請求として、原告が被告に交付した本件物件の売買代金四七九万八〇〇〇円の支払を求めた(当裁判所に顕著な事実)。

二原告の主張の要旨

1  原告、被告及び顧客の三者間の法律関係

(一) 本件のようなリース契約においては、リース物件の選定、月額リース料(顧客にとってはリース料総額が経済的に売買代金と異ならない)、納期、納入後の保証及び保守サービス等、本来はリース物件の売買契約の当事者間(原告と被告間)で協議決定されるべき事項が被告と顧客との間で取り決められ、通常の売買契約であれば売主から買主に対して交付される売買の目的物件の保証書は買主である原告宛ではなく顧客宛に交付され、保守サービス契約も売主である被告と顧客との間で締結される。このように、被告は顧客に対し、リース物件の買主(原告)に対するのと同様の便益の供与と義務の履行を行っており、これらの協議・決定及び行為に買主である原告は一切関与しない。このような実態関係から判断すると、被告と顧客間にリース物件についての実質的・経済的な売買関係があり、売買契約の実質的な当事者は、被告と顧客というべきである。

(二) このように、原告は被告に対し、顧客の探知、リース物件の選定、リース契約の内容の協議・決定及びリース契約申込書・リース契約書等の書類の作成の手続を委託し、被告は、原告からの右委託に基づいて原告の使者として顧客との間で右協議・決定及び書類作成の手続を行っている関係にある(これは準委任契約関係であって、被告は右委任事務の受任者に該当する)。

原告は、被告と顧客間で協議決定したリース契約を前提として、被告との間でリース物件に関する売買契約を締結しているにすぎない。

2  顧客の契約意思の確認について

顧客の契約意思の確認は、被告が行うべきものである。その理由は次のとおりである。

(一) 右のとおり、原告と被告とは準委任契約関係にあり、被告は、前記委任事務の処理について、原告に対し、顧客を紹介するに当たっては原告との間でリース契約を締結するのに適切な顧客を紹介すること、リース契約の申込みを受けるに当たっては、顧客の契約意思を確認し、瑕疵のないリース契約の申込みの意思表示を原告に伝達することなどを内容とする善良なる管理者としての注意義務を負担している。

(二) リース契約は、本来ならば売主(被告)と顧客間にあるべき売買代金の支払について、買主(原告)がリース物件を買い受けてリース貸しをするという法形式で実質上の金融を行うものであり、一つの物件の売買取引から生じる様々なリスクのうち、顧客の支払能力に関するリスクを原告が負担し、その他のリスクを被告が負担する金融取引である。そして、リース物件の売買に関する実質上の当事者は被告と顧客であり、その間で売買の具体的内容が決定されており、被告自ら顧客の適格判断をしているのであって、原告はその顧客の選択過程に関与しない。

(三) 被告は、顧客の探知、リース物件の選定・引渡し、リース契約の締結手続などを行い、かつ顧客に対して保守・瑕疵担保責任の履行を行っているのであるから、これらに関する紛争は専ら被告の責任領域に属している。本件解除特約は、右の事項に関する紛争によりリース契約が締結または実行されない場合に、リース契約の締結・実行を前提として締結された売買契約のみが残存するという法律関係の解消を目的とするものである。したがって、リース契約の締結に関し、当該顧客が真に契約意思を有するか否かの紛争については、被告の責任領域に属する。

(四) 被告は、顧客との間で直接リース契約の内容について交渉を重ねており、顧客の契約意思を容易に確認しうる立場にある。したがって、被告に契約意思の確認義務を負担させても何ら被告の不利益にはならない。逆に、被告の判断で選択し交渉してきた顧客の契約意思の確認を原告に負わせることは、被告の顧客選択のミスを原告に負担させるに等しい。

3  立証責任について

本件売買契約においては、その対象物件は原告と大野龍間のリース契約の目的物件である旨が確認されており、本件売買契約の成立、履行は、本件リース契約の締結・実行を停止条件としている。したがって、本件において原告が主張・立証すべき請求原因事実は、原告が被告との間で売買契約を締結したこと、右売買契約に付随する右停止条件が存在すること及び本件解除条項及び解除の意思表示の各存在であり、本件リース契約の締結・実行は被告において主張・立証すべき抗弁事実となる。

二被告の主張の要旨

1  本件リース契約の当事者は、あくまでリース会社たる原告と顧客との間であり、被告が実質的という名のもとに、この契約の当事者となることはない。原告が被告からリース物件を買い取り、これを顧客との間でリース契約を締結するのであるから、リース物件の所有権は原告にあり、被告が顧客に実質的売買を行うなどという理論は成立しない。

2  原告が被告にリース契約書の作成の委託をしていることは事実であるが、これは被告が原告の事務代行として行っているものであるから、顧客に契約締結の意思があるかどうか確認する最終的な義務が契約当事者である原告にあることは明らかである。被告は顧客を原告に紹介するだけであって、リース契約を締結するのはあくまで原告であり、被告としては、与信や契約意思の確認をするのは原告であるという信頼のもとに行動しているのである。

3  したがって、大野龍及びその保証人である大野穣に契約意思がないということは原告が立証すべき事項であり、この立証できない以上、本件請求は失当である。仮に本件リース契約が無権代理によるものであったとしても、その意思確認義務を怠ったのは原告であるから、その責任を被告に転嫁するのは権利の濫用である。

三争点

1  本件のように、ユーザーの自称代理人がリース契約を締結した場合で、本件売買契約締結後、ユーザー本人がリース契約を締結した事実はないとしてリース料の支払いを拒絶した場合に、本件解除特約に基づき本件売買契約を解除できるか。

2  原告がリース契約のユーザー本人に対する契約意思の確認を怠ったことにより、本件解除特約に基づく本件売買契約の解除ができないことになるのか(右のような契約解除は権利の濫用にならないか)。

第三争点に対する判断

一オリックス・クイック・リース(OQL)締結の手続一般

本件リース契約は、原告をリース会社とするOQLという簡易なリース契約の一つである。被告をサプライヤーとするOQLの締結手続の概要は次のとおりである(概ね争いがない。なお、〈書証番号略〉)。

1  サプライヤーである被告は、自己の取り扱う商品の導入を希望する顧客を自己の営業ノウハウと判断で探知し、右顧客のうちリースの方法により商品の導入を希望する顧客(ユーザー)との間で、①リース物件の選定に関する事項、②リース物件の納入時期・納入場所・検収時期と方法等のリース物件の納入に関する事項、③リース物件納入後の保証内容・保証期間・保守サービス等のリース物件の保守に関する事項、④リース期間・月額リース料等のリース契約の内容について協議・決定し、顧客からリース契約の締結を前提とした商品(リース物件)の注文を受ける。原告は、右協議・決定には関与しない。

なお、原告と被告との間の売買契約の内容は、リース契約の内容を前提とするので、リース契約の内容の協議・決定は、すなわち売買契約の内容(売買物件及び売買代金)の協議・決定を意味する。

2  顧客との間で右リース契約の内容が決まった場合、被告は原告に対し、顧客の属性(氏名、住所、電話番号、業種業歴など、原告の与信判断の基礎となる資料)、リース契約の内容(リース物件の名称、数量、物件の購入代金または月額リース料、リース期間など)を伝えた上、当該顧客の与信審査を依頼する。

3  原告は、被告からの右申込内容をもとに顧客の与信判断(顧客に当該リース契約に基づく債務の履行能力があるか否かの判断)を行い、その結果をサプライヤーに通知し、サプライヤーはこれを顧客に通知する。

4  被告は、原告の与信審査をパスした顧客について、原告に代わってリース契約申込書等(原告はあらかじめ被告に対しリース契約の締結手続を原告に代わって行うことを依頼しており、そのために事前に一定部数の白紙のリース契約書類などを交付していた)にリース物件・月額リース料・リース期間等の所定の事項を記載し、更に顧客をして、顧客の署名(記名)及び押印をさせる。また、被告は、リース契約書などの書類のうち、顧客控え分のリース契約書を顧客に交付する。

被告は、原告と顧客との間のリース契約及び原告・被告間のリース物件の売買契約締結の有無にかかわらず、リース物件をメーカーまたは問屋から仕入れ、これを顧客に納入する。

5  原告は、被告の連絡により被告方を訪問し、被告から①顧客の押印済みのリース契約申込書・リース契約書・預金口座振替依頼書、②契約書類送付票、③被告において顧客名・リース物件名・数量・売買代金額等を記載した注文書(将来、リース契約が実行された場合、原告が押印の上被告に交付する予定の注文書)、④被告において注文書と同内容の記載をした注文請書(将来、原告が被告に対し前記注文書を交付した場合に、その注文書に対応する注文請書)、⑤被告において前記契約書類送付票と同内容を記載した売買代金請求書(原告・被告間でリース物件の売買契約が成立した場合の代金請求書)の各書類を受領する。

6  原告は、右書類受領後、顧客方に電話をかけ、①リース物件が納入されているか否か、②リース契約書類の記載内容に誤りがないか否か等の確認をする(右①の物件納入確認は、一般のリース契約におけるユーザーからの借受証の取得に代わる手続である)。右確認において問題がない場合、原告は、リース料支払日とリース契約開始日を確定する。

なお、被告は、リース物件の価格が二〇〇万円以上の場合、右確認は顧客に対する面会の方法をもって行われる旨の商慣習がある旨主張するが、右のような事実を認めるに足りる証拠はない。

7  原告は、右確認後、前記注文書に記名押印の上、被告にこれを交付し、売買代金を支払う。

このように、原告と被告との売買契約は、右注文書に記名押印の上これを被告に交付するという形でなされるのであるが、右注文書の裏面には原告と被告間の右売買契約の特約条項として、①本契約による約定品は、表記顧客の仕様注文に基づき、顧客と買主間に締結するリース契約の目的物件として発注されたものであることを確認する、②約定品の品質、性能、規格、仕様等については、すべての使用目的に合致させることを売主は顧客及び買主に保証し、瑕疵担保、期限内保証、保守サービス等の売主の便宜の供与、義務の履行は売主が直接顧客に対し責任を負う旨などのほか、本件解除特約の定めがなされている。

二本件リース契約及び本件売買契約が締結された経緯

1  被告の営業部長である小関友之は、平成元年一〇月、かつて一度取引をしたことのある増田勝彦から、自分は歌手の北島三郎(大野穣)と血縁関係にあり、その関係で同人の子息である大野龍と一緒に北島三郎に関するイベントの企画会社(会社名は「サブロウー」ないし「三郎」)を設立する、ついては大野龍が社長となり、自分が専務となるが、OA機器の導入のため、リース契約の申込みは大野龍が行い、連帯保証人には父親の北島三郎がなる旨を言われ、本件物件に関するリース契約を申し込む旨の意思表示を受けた(〈書証番号略〉、証人小関友之)。

2  そこで、被告は、同年一二月二五日、原告に対し、大野龍との間のリース契約の締結の可否について与信に関する審査を依頼した。原告は、大野龍及び大野穣について訴外株式会社信用情報センターのテレフォンターミナルによる個人信用情報データの照会を行い、信用不安情報がないことを確認して、翌同月二六日に与信審査を可決した(〈書証番号略〉、証人矢野耕二)。

3  被告は、平成二年一月二五日頃、大野龍に代行して、原告に対し本件リース契約の申込みをするとともに、同月下旬頃、訴外キャノン販売株式会社から本件物件(ただし、キャノンプロ一〇〇〇Sイメージスキャナーを除く)を代金一四四万四五九〇円で買い受け、これを同月二六日に増田勝彦の指定する事務所に納入した(〈書証番号略〉、証人佐藤敏弘、同小関友之)。

4  原告の従業員岩見は、平成二年一月三〇日午後二時三〇分頃、大野龍の事務所に電話をかけ、電話に出た増田勝彦に本件物件の納入の有無及び本件リース契約の内容の確認を行った。なお、原告は、被告取締役小関友之から本件リース契約の担当は増田勝彦なので、同人に対して電話確認をしてほしいとの要請を受けており、そのため大野龍ないし保証人である大野穣本人に対して直接契約意思の確認を行わなかった(〈書証番号略〉、証人矢野耕二、同小関友之)。

5  原告は、右電話確認の結果に基づき、平成二年一月三一日、大野龍からの本件リース契約の申込みを真実なものと認め、これを承諾した。そして、原告は、同年二月五日、予め被告から捺印の上交付を受けていた本件物件に関する注文書及び注文請書に原告の記名押印をして、これを被告に交付して、被告から本件物件を買い受ける旨の本件売買契約を締結し、同月一三日、売買代金四七九万八〇〇〇円を被告に支払った(〈書証番号略〉)。

三本件売買契約締結後の状況

1  ところが、原告は、平成二年二月二八日支払期日が来た第一回目のリース料を大野龍名義の銀行口座から引き落とすことができなかった。そして、大野龍の事務所は既に引き払われていた。原告は、増田勝彦に対し遅延リース料の支払を求めたが、一向に支払われなかったので、同年五月一八日到達の内容証明郵便により、大野龍及び大野穣に対し未払リース料の請求をした。すると、同日、北島音楽事務所の従二俊昭から、大野龍及び大野穣は本件リース契約には全く関与しておらず、増田勝彦が勝手にやったことである旨の電話連絡があり、同月二三日に大野龍からの同内容の内容証明郵便が届いた(〈書証番号略〉、証人矢野耕二)。

2  同年五月二一日、原告の従業員である矢野耕二は、従二俊昭と会い、更に同人から事情を聞くと、現在「サブロー」あるいは「三郎」なる会社を設立する予定はまったくなく、増田勝彦に北島三郎あるいは大野龍の名前を使うことを許したこともなく印鑑の使用を許したこともないとのことであった。そこで、矢野は、増田勝彦に対しリース料の支払を請求したが、同人は待って欲しいというだけであり、そのうちに行方不明になった(〈書証番号略〉、証人矢野耕二)。

3  一方、原告は、同年五月二四日頃、被告に対し、本件リース契約については、増田勝彦が大野龍の了解を得ないで行ったものであるから、売買代金を返して欲しい旨申し出た。これに対し、被告代表者は、「リース契約ができているかどうかは関係ないことで、オリックスが確認すればいいことだ。金は返す必要はない」と言った(〈書証番号略〉、証人矢野耕二)。

四本件解除条項の有効性

本件リース契約は、いわゆるファイナンス・リース契約にほかならず、一定の機械、設備等を必要とするが購入資金がないユーザーのため、リース会社が右物件をサプライヤーから買い受け、これをユーザーに貸し付けて、これに対し一定額のリース料の支払を受けてこれを回収するものであって、経済的にはユーザーに対する金融の手段としての性格を有するものである。

したがって、リース取引においては、リース会社とサプライヤーとの間におけるリース物件の売買契約と、リース会社とユーザーとの間の右物件にかかるリース契約とが法律上は独立して併存しているものといってよいのであるが、右の売買契約は、リース会社と特定のユーザーとのリース契約に基づき、特定のリース物件の引渡義務を履行するためにのみ締結されるのであって、リース契約と無関係になされることを予定しているものではない。このことは、リース物件にかかる売買契約書に代わる原告から被告への注文書の裏面に、特約条項として、本売買契約が特定の顧客の仕様注文に基づき顧客と買主(原告)間で締結するリース契約の目的物件として発注されたものであることを確認する旨が規定され、リース契約の締結・実行がなされないときに、これを履行するために締結されたリース物件の売買契約だけが無意味に残存するような事態を避けるため、本件解除特約がなされているものと理解できる。これらの各条項は、もっぱらリース契約の履行のためになされる右売買契約の特殊性に照らし合理的な特約であるといえる。

五本件リース契約締結に関する原告と被告との間の準委任関係

前記認定のとおり、被告は、自己の取り扱う商品の導入を希望する顧客を自ら探知し、右顧客のうちリースの方法により商品の導入を希望する顧客との間において、原告の関与なしにリース物件の選定、納入、納入後のリース物件の保守に関する各事項、リース期間や月額リース料等のリース契約の内容について協議・決定し、これをそのまま原告に伝達し、原告においては、顧客に対する与信審査の上、もっぱら被告と顧客との間で協議・決定されたところに従い、顧客とのリース契約の内容及び被告とのリース物件の売買契約の内容を定めるのである。そして、原告は、被告に対し、あらかじめ白紙のリース契約申込書等を交付しており、顧客からリースによる商品導入の申込みを受けた被告においてリース物件、月額リース料等及びリース期間等の事項を記載し、顧客に署名(記名)押印をさせて原告にこれを送付するというシステムがとられているものであるから、原告は被告に対し、顧客の探知・選定を初め、リース物件の選定等の顧客との協議・決定及び当該顧客とのリース契約締結手続(顧客から原告へのリース契約申込手続)に関する事務手続を委任しているものというべきである。そうすると、被告は原告に対し、右準委任契約にかかる委任事務処理に関し、善良なる管理者の注意義務を負っているというべきであるから(民法六四四条)、善良な管理者の注意を払って瑕疵のない契約申込みを原告に伝達すべき契約上の義務を負っているというべきである。

もっとも、右のような義務を被告が負っているからといって、リース契約の申込みを行った顧客が間違いなくリース料は払えるだけの能力があるか否かといった事項の審査は、もっぱら与信を本来の業務とするリース会社の原告により確認されることが予定されているから、かかる事項はその性質上受任者としてのサプライヤーが審査すべき事項でないことは明らかである。そうすると、顧客からのリース契約の申込みが真実当該顧客と表示されている者の意思に基づくものか否か(自称代理人が真実顧客本人からリース契約申込みをすることの代理権の授与を受けているか否か)といった事項も、原告の与信義務の一環としてこれを審査すべきではないか、との疑問もないではない。しかし、原告の行う与信審査は、まず、被告と顧客との間でリース契約の内容が定まった時点で被告の要請によりなされるが、この時点ではもっぱら被告の提供する情報(顧客の氏名、住所、業種・業歴などの与信判断の基礎となる顧客の属性に関する資料及びリース契約の内容)に基づき信用情報センターの信用情報データに基づきなされるにすぎず、そもそも顧客が当該リース契約を締結する意思を有するか否かといった事項は全く審査の対象とはされていないのである。また、原告が顧客と接触する次の機会は、被告より顧客からのリース契約締結の申込みの伝達を受けた後、当該顧客方に電話をかけ、右申込みにかかるリース契約の内容に誤りがないか否かを確認する時点であるが、右電話による確認は、顧客に対し商品の納入を受けたかどうかの確認を兼ねるものであり(通常のリース取引において顧客からの借受証の交付を受けることに代えてなされる)、また、電話による契約内容の確認は、電話口に出た者が真実の顧客本人であるか否かの確認が困難であるなど、それ自体十分な確認方法とはいえない。これに対し、被告は、リース契約締結の事務代行者として当初から顧客と直接接触しうる立場にあり、右申込みが真実顧客の真意に基づきなされたものかどうかを比較的容易に確認できるものといえるから、右リース契約の申込みが代理人によってなされた場合には当該代理人が顧客本人から真実その旨の代理権を授与されているかどうかなどのいわゆる契約意思の確認も被告においてなされることが右準委任契約の内容となっているものと解するのが合理的である。また、本件において仮に右電話確認によって本件リース契約の申込みが顧客である大野龍及び連帯保証人である大野穣の真意に基づくものではないと判明した場合は、当然、本件リース契約は締結されることがなく、したがって、右売買契約も締結されることなく終わったことが明らかであるところ、被告がその時点では既に本件物件を他から仕入れ、これを納入しているのである(前記認定のとおり、これは本件のようなOQRの場合にはすべてあてはまる)。したがって、被告としては、原告による特定の顧客に関する与信審査が合格した時点で、当該顧客に対し商品を納入することになるのであって、その後、何らかの理由で原告と顧客との間でリース契約が締結されなくなった結果、原告との間でリース物件にかかる売買契約を締結されないことになるリスクをすべて負う立場にあるものといえる。そして、そうであるならば、本件リース契約の申込みが無権代理人によってなされ、真実顧客の意思に基づかずになされたのに、これを看過して自称代理人との間で本件リース契約が締結されたが、後日右のことが判明し、結局有効にリース契約が締結されなかったことになった場合であっても、右のような契約上のリスクはすべて被告が負うと解すべきである。

したがって、本件において、顧客である大野龍が本件リース契約を締結した事実がないとしてリース料の支払を拒む以上、被告において右リース契約が当該顧客と原告との間で有効に締結されたことを証明した場合を除き、本件売買契約を解除することができるというべきであり、右解除権の行使は何ら権利の濫用とはいえないというべきである。

六本件において本件解除特約に該当するような事実が認められるか

本件においては、前記認定のとおり、原告と増田勝彦との間で本件リース契約が締結された後、第一回目のリース料が支払われず、かつ、大野龍の事務所と称するものも既に引き払われており、増田勝彦や大野龍及び大野穣に対し、遅延リース料の支払を請求したところ、大野龍から本件リース契約の締結は、増田勝彦が大野龍の委任に基づかず勝手にやったものであり、大野龍及び大野穣には一切関係がない旨の回答があり、このことを増田勝彦に告げても、同人からはこれについて代理権限があることについての説明はなく、ただ、もう少し待ってほしいなどと言って逃げ回り、ついに行方不明になったというのである。これらの事情によれば、本件リース契約の締結については、増田勝彦は、大野龍ないし大野穣から何ら代理権の授与を受けていないことが認められ、かつ、原告が大野龍らに対し、表見代理の成立を主張しうるような事実関係は、本件に表れた証拠上まったく認められない。

そうすると、本件リース契約は、無権代理行為によって締結されたものであって、大野龍と原告との間では有効に締結されたことにはならないのであるから、本件解除特約にいう、本件リース契約が締結されなかった場合に該当することになる。原告が本件売買契約を本件訴状によって解除する旨の意思表示をしたことは当裁判所に顕著な事実であるから、原告は、右解除に伴う原状回復請求として、被告に本件物件の売買代金として支払った四七九万八〇〇〇円の返還及び被告が右売買代金を受領した日である平成二年二月一三日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による利息の支払(民法五四五条二項)を求めることができるというべきである。

七よって原告の請求は理由があるから、これを認容することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官田中俊次)

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